| 弓 教 道 場 範士八段 颯 手 規 仁 (さつて ただよし) |
| 滴 塾 ( て き じゅく ) バックナンバー集 |
| 其の1 (2001.09.20) |
雨 露 利 ( うろり ) |
弓道用語に 「雨露利の離れ ―うろりのはなれ― 」というのがある。 その意は、降る雨が木の葉にそそぎ、やがて葉末に宿って、それが次第に重たくなり、雫(しずく)となって ストンと落ちる。 弓を行じ、会に入って、詰合い、伸合いの間に、心身気力が充実してゆき、その集積された極に、ストンと 自然に矢が弦から離れてゆく。 葉末の雨露が、なにも工(たく)まずして、ストンと落ちてゆく無心のさまを無念無想、無我の離れとたとえ、 教えたものである。 雨露利の利には、とくに意味はなく、しいていえば、利は離に通ずるのでは、または葉末にたまった雨露が 珠玉のようになって宿る美しいさまを利して、離れよ。との意と解してもよい。 (弓道小辞典・・・春原平八郎先生の説による) 雨露とは、天からの広大な恵みのことで、大地における万物を養い、潤(うるお)している。 これは雨露の恩恵である。 弓を行じ、射法八節に則っとり、足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会と進んでくる。 会において、これまで重ねてきた一動作、一動作はこれも葉末に宿ってゆく雨露の一っ一っの集積であって、 心気の充実、気力の横溢とともに、われ知らずストン、と離れに至るのである。 雨露は、なにも考えてはいない。葉末にたまった一滴一滴は、無心であり、これがおおきな力となり、鋭い 離れへとつながる。 わたしは、ことしの正月早々から、二度にわたっての一ヵ月半の入院生活を送った。半月の絶食期間中、 ベッドで点滴のお世話になった。点滴は、いのちの親であった。 ベッドに仰向けに寝ながら、朝の光にキラキラと輝いて、点滴管から正確に送り込まれる一滴一滴を、 いのちの雫と見、宝石のように眺めていた。そして、いつのまにかそこに弓道の「雨露利」を思い重ねていた。 いま、わたしの血管に注がれている一滴一滴は、わたしの生命の泉となっている。この一滴にわたしのいのち がある。そう思うと、この世のすべてのものに、感謝したい気持ちになった。 弓において、射法八節のそれは、一節一節がまさに点滴の一点、一滴であろう。打起しから会に至って、 その集積されたものが、更に詰合い、伸合いの一滴となって持満の状態を生み、やがてつぎには火の出ずる ような離れをおこさせる。「射法訓」にいう―鉄石相剋して火の出ずる事急なり―この離れである。 わたしは、ベッドのうえで朝陽に輝く点滴の一滴一滴を見つめながら、初心に還った思いで弓道というもの と向かい合っていた。 |
| 其の2 (2001.10.08) |
会 者 定 離 ( え しゃ じょう り ) ![]() |
弓を射るとき、手にしているのは、左手に弓、右手には二本の矢である。 二本の矢を一手(ひとて)といって、それは先に射る矢を甲矢(はや)、つぎに射る矢を乙矢(おとや)と順番が決められている。 弓を射るには、射法八節といって、 −足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心(身)− の八っの行程動作がある。これらは、初心者であろうと高段者であろうと、弓道十段の師範先生であろうとも、一っとして省略ないがしろにしてはならず、正しく守って行じなければ弓道は成立しない。 弓道には、他武道の柔道、剣道のように、対する相手はいない。柔、剣道ではつねに変化流動する相手の動作に連動するが、弓道では、終始ひとり、足踏みをして立ち、沈黙をつづける彼方の的との対決があるのみである。 弓道は、そういう意味からいえば、孤独な独歩武道である。孤独というひとり勝負だけに、相手がどうのという理由如何は問えない。すべての結果結末は己にある。心技の有り様はそのまま現実となって現れる。 弓道は心身技体、極めて心理的、メンタルな武道とされている。 例えば、いかに射技に勝れ、ふだん的中に強いはずが、いざ、ひとまえで行じるとなると、途端に日頃の技量を発揮できずに終ってしまう。自分でも、こんなはずが・・・と、臍(ほぞ)を噛む思いをする。これらは、技が心に負けた結果であり、力や技だけでは、どうにもならない気持のはたらきが、良否明暗を生むのである。 弓道では、「 −気は技に優先する。しっかりせい− 」と気合いをいれられる。慾心に負けるな、と教えられる。弓をひくことを、心と技の、ふたつに分けてみると、心が占める領域が、いかに多いかということを、とくと知らされる。 弓道では、こころの教えとして、矢は二本あっても、あとがあるとは思わぬこと、一射に全魂を尽せと、これを一射絶命と唱えて教えられている。 わたしは、弓道を始めてすぐに「 会者定離 −えしゃじょうり− 」という仏教用語が引用されているのを見つけた。以来、すっかりと弓の虜(とりこ)になった。 −この世は無常、会う者は必ず離れる− という「平家物語」の −生者必滅は浮世のならいにて候− のくだりを思いだす。 射法八節の会と離れは、会者定離の会と離れからとっているといわれ、まことに文学的であり、雅致風雅に富んだ余韻があるではないか。 |
| 其の3 (2001.10.25) |
出 を 待 つ ( 壱 ) ![]() |
弓道では、前の澄しといって、弓矢を手にして、これから射場に出る、と立ちあがるそのときまで、控えで静かに坐して、こころを鎮めている。 こうした出を待つ間は、弓道だけにかぎらず、あらゆるほかの場面、場合にもある。力士が土俵の下で控えている。演者が舞台の袖で、あるいは控えの間で案内を待ちうける。このように、それぞれの場面があることだろう。 だが、その出番までの間、本人は、これから自分のなすことに思案をめぐらせ良い方向で終わってくれることを、こころのなかで、念じているのは、おなじであろう。 弓道では、むかしから「澄む」といって、心の動揺を鎮め、雑念をはらって平常心になりきるようにと、気持のありかたを説いている。 澄し、については、三っの澄し(三澄心)四っの澄し(四澄心)五っの澄し(五澄心)から、大事に臨む何日もまえからの澄しもある。 その日までは、あれは駄目。これは、するな。とあれこれ戒め、稽古においても禁じ事として、酒に酔ったり、空き腹どきには弓を射るな。乱れた頭髪であったり、ものぐさき時、ふざけて弓を射るな。さらにセックスはいけない。と手厳しい。 だが、それもこれも、出を待つ身が、あれやこれやに煩わされずに、素直に、全(まっと)うな身心体で、力量いっぱい弓がひけるようにと思いやったうえでの戒めごとである。 弓道では、この出を待つ間のこころづくりは心胆の修養と鍛錬になる。出る場が大きければ、それなりに肚を決めることである。 では、どう肚を決めるか。それは、こちらもおおきく構えることである。 頭のなかに、菩提樹(ぼだいじゅ)の下に坐して悟(さと)りを開かれたお釈迦(しゃか)さまのお姿を描いてみる。または、面壁九年、壁にむかって泰然自若(たいぜんじじゃく)と坐したるダルマさんになってみよう。そのあとは、音にしないで、念仏を唱える。知らなければ「南無阿弥陀仏」「ナムアミダブツ」で充分である。念仏が好みでなければ愛唱歌でもよい。こうして一心になっていると、こころに安定が生まれる。静かに出番を待てる。 ただし、このまま安静になりきってしまうと、おしまいである。大事な、為すべき事を、忘れてはならない。「よし、やるぞ;」ここで、自分が目指すものに向かって、はっきりと、出を宣言することである。 |
| 其の4 (2001.11.15) |
| 出 を 待 つ ( 弐 ) |
| ― 真はひとつ ― |
弓道では、大会、審査会、祝射会など、弓道行事のはじめには、かならず矢渡(やわたし)という射礼を行う。 弓道の矢渡はその会を代表する立場からの弓ひきが、紋服に威儀を正して射礼の精神に則り、起居進退を礼法に従って、その心は純真清澄、至誠、礼節に徹し一箭に真を尽くす。 故に『射は、礼に始まって礼に終わる』といわれている。 野球の始球式というのがある。プレーボールのはじめに、知名人やタレントが華やかに一球を投じる。 拍手をうけて賑やかにセレモニーのひと駒として終わる。一見すれば矢渡と同じようだが、矢渡はセレモニーとカナ文字で表現するのにはふさわしくなく、射道に仕えた敬虔な祈りをこめた儀式なのである。 射手は、出を待って、ひたすら会の無事成功を念じ、的に向かう。 わたしは、これまでに、たくさんの射手の「出」に立ち会う機会を得てきた。 福原郁郎先生(ふくはら いくろう 範士十段・1898−1993)が、あるとしの全日本選手権大会で、矢渡をされた時のことである。 朝、宿舎の先生のお部屋にあがると、先生は、壁面に向って瞑目、独り静かに正座しておられた。 わたしはその静穏不動の容姿に打たれ、言葉も出せずにその場に膝をついてしまった。そして座すこと数分。「おう、 」先生はわたしに笑顔を向けられ「行こうか」と立ち上がられた。 先生は朝食もとっておられなかった。こうして心身を静かに律して、矢渡の出に備えておられたのである。 鈴木弘之先生(すずき ひろゆき 範士十段・1900−1984)。わたしは先生の晩年の弟子で、亡くなられるまでの十数年間ご教導をうけた。 弓道教本第四巻の制作では先生の担当をした。四巻の写真にある京都での全日本大会矢渡のおりも、身近で拝見している。 先生は道場入口の控えで、この時も、ひっそりと静かに正座をされて、出を待っておられた。 先生がわたしの道場に指導に見えられ、一手のお希いをすると、先生は入場口のまえに静かに正座されて、瞑目、澄し、をされる。 この時の、慎とした容姿は、京都大会の時と全く同じである。 十人たらずの集まりでも、何百人が集った場所であっても、出を待つ先生のお心持ちには、少しも変わりはないのである。 射道には偽りは効かず ただ真(まこと)を尽くすのみ これは、鈴木弘之先生の、弓とは何か。に対するお言葉である。 |
| 其の5 (2001.12.21) |
鉄石相剋して火、出ず ![]() |
2001年1月から、わたしの地連で月例記録会なるものをスタートさせた。これは無段から称号者まで全段にわたって、男女別に、同位序列順に10射を射る内容である。 この記録会は、的中を主体としたものではない。射形、体配、内容も重視する。 発会のおりも、単なる的中記録会ではなく、一射十全を求めての修鍛錬記録会であると念を押した。 一射一射に、射法八節に則った運行を確め、不動、不退転の心境のもと、晴爽快心をもって射位に立て。一射に全魂をこめ、一手5回、審査に臨む身となって行じること。と宣言した。 気合いを入れ、気負い立った、賞品もない記録会に150人余の参加があった。回を重ねるごとに熱気が上がり、参加者もふえつづけて一年を終わった。 記録会は、先頭する範士から、八段、七段と順に始まる。格調と修錬度を備えた上位者の射を勉強しょうと、出を待つ控えの全員が眼を据える。 一方、先輩は後輩の射の良否を、熱心に見守る。そして審査席では、参加者全員の全射、全動作をすこしも見落さず、見極め、記録にとどめる。 この審査席と射手両者間の、呼吸、気合いがぴったり合って、まさに鉄石相剋して火が出ずるばかりの真剣勝負といった光景を演じている。 毎回、開始にあたり、参加者の意気を呼び揚がらせるために、故事近時の諸例をひいて開会の激励を贈る。一手を手にして甲矢を番え、乙矢があると思うなよと、一射絶命を唱え、射の運行にあたっては、薄刃に塗られた蜜を舌で嘗めとるような慎重さでと説いた。 荘子の寓話も例にとった。中国の古いむかしのはなしで「木鶏(もっけい)」である。 闘鶏の盛んな時代のこと、ある王さまが闘鶏の名調教師に鶏をあずけて調教をさせた。王さまは10日ごとに調教師を訪ねて、鶏の様子を尋ねた。 はじめの10日目、王さまの問いに、調教師はこう答えた。 「この鶏は、まだカラ威張りの最中ですから、まだだめです」 20日目、「この鶏は、敵の声や姿に興奮しますから、まだだめです」 30日目、「この鶏は、敵を見ると、見下すところがありますから、まだだめです」 40日目、「よろしいでしょう。いかなる敵にも無心で、ちょっと見ると木鶏(木で作った鶏)のようです。徳が充実して天下無敵でございます」 果たしてそのとうり、相手は鶏を見ただけで、闘わずして逃げだした。 この寓話は、まさに修業者の身にとっても、充分に含味すべきところである。 |
| 其の6 (2002.1.30) |
わが身と、こころ ![]() |
| 本塾の前回で、中国の荘子寓話「木鶏」についてふれたが、それと同形のものが本邦にもある。それは、無心、無刀の剣で知られる山岡鉄舟についてだが、 鉄舟が剣の道にはいって、まだ間もない頃、相手を見ると、ひたすら打ち勝とうとばかり考えていたという。 ところが、そのうち剣の使いかたがわかり、体も思うように動くようになると、相手にはかならず勝てると思うようになった。 二十才頃になると、こんどは相手の太刀先にとらわれるようになってしまい、とかく打たれがちになってしまった。 そこで、以前覚えたように、工夫をしながらも、ここで落ち着き、早く打とうとは思わないことにした。 するとどうだろう。刀を構えただけで、相手の上手、下手がよく見えてきた。 だが、鉄舟はここで満足はしていない。更に稽古を積み、工夫を凝らしているうちに、おお、と悟るものがあった。それは、相手に、上手、下手があったのではなく、自分自身が、上手下手をつくっていることに気がついた。 鉄舟は、「自己アレバ敵アリ 自己ナケレバ敵ナシ」 という「無心」「無刀」の真理をここに会得したのである。 荘子の「木鶏」にしろ、鉄舟の「無心・無刀」の真理にしろ、弓道を修行する身にとっては、学び帯すべきことのみである。 弓道という道には、はじめ、運動してみたい、娯楽のつもり、などで入ってくる。それが、矢が的に中るようになってくると、スポーツ競技ととらえてくる。そのあとで武道としての弓道を自覚するようになる。 的中すればすべて良し。とする洋弓と違って、弓道では的中の良否が判ってくる。こころのあり方ひとつで、的中、不的中の結果が目の前にでてくる。 こころの問題がおおきく存在してくる。 「木鶏 無心・無刀−」の探究真理と、わが身の修行の現状を見比べてみて、いまの自分は・・・と問うてみることも必要だ。またそれがなければ、進歩も発展もない。 弓聖・阿波研造先生は「技ニ安住シテイルウチハ 真ノ射トハ申サレナイ」と称し「弓禅一昧」の「一射絶命」を説き 剣聖・山岡鉄舟先生は「凡テ技ヲ捨テザレバ 真ノ剣道ニ至ラズ」と称して、ここに「剣禅一昧」を高唱されている。 さあ、弓道という道にある身、もって肝に命じて学ぶべし。 |
| 其の7 (2002.2.20) |
踏み切る 仏足石拓本 |
| 弓道には「射法八節」がある。そのうちの「足踏み−あしぶみ−」は第一節目。 矢が正しく的にあたるためには、正しい姿勢と正しい足踏み。と教本で示している大事な一節である。 弓道教本・第四巻の制作にあたり、わたしは鈴木弘之先生を担当した。 日頃、師事を仰いでいる鈴木先生に、足踏みについては、「−足踏みがわるいなら、修正はいけません。それで往生なさい。するのです」と、教えをうけた。だが、その往生はなかなか難しい。 教本制作にあたって、先生は八節のここのところに、気持をこめておられた。 −足踏みがわるいなら、わるいなりに、その一射を行じることです。 −修正はなりません。修正はなぞることです。気が乱れます。 −足踏みは、目的物との気のかよいです。気のかよいを失ったら、その射は死んでしまいます。 −足踏みが、正しくできなかったときでも、そこで往生することです。そのぶんを補うために闘うのです。 −努力するのです。努めるのです。頑張るのです。気で射抜くのです。 −ここで踏み切る気を養いませんと、いつまでたっても修正する癖はぬけません。 −わたしは、このように実行しております。 わたしは、この時、弘之先生の温顔、痩躯の身体から、無限なる射道への強い信念が陽炎のように燃えあがっているのを見た。そして、ふっと、この時。なぜか、執筆中の小説『織田信長』が眼前に出てきた。信長の一代を運命づけた桶狭間(おけはざま)の場面である。 天下に号令せんとして、海道一の弓取り今川義元が、大軍を率いて京に上がらんと尾張の織田信長の出城を粉砕し、領地を押し通ってくる。この勢いに向かって出る兵力はない。家臣団がこぞって籠城作戦を唱えるなか、信長は「籠城して勝ったためしなし」と決断を下す。 夜中、がばと起き上がった信長は、愛唱する謡曲「敦盛−あつもり」の一節を、謡い舞った。 人間五十年 下天(げてん)のうちにくらぶれば ゆめまぼろしのごとくなり ひとたび生をうけ 滅せぬもののあるべきか −− 舞い終わった信長は、「われに、つづけいっ!」ビシッと馬に一鞭、血戦場となる桶狭間へと突き進む。 信長にとっては、生か死か、迷っている場合ではない。 この場で、往生を、決めたのである。 |
| 其の8 (2002.5.1) |
礼とは何ぞ ![]() 禮 (後漢:孔子廟内・禮器碑) |
| 弓道はお辞儀ばかりしている。 はじめて、弓の道場をのぞいたひとの意見であった。 なるほど、入場から退場、的まえの揖。みているだけで頭ばかりさげているのが目についたのかもしれない。 「弓道は、礼に始まり、礼に終る」といわれているとおりですね。 かさねていわれてみて、これもなるほどそのとおり、と頷かざるを得ない。 だが、そのあとで、むなしいような、悲しいような、情ないような・・・。なんともいえない寂しい気持になった。 そのうち、ばかにされているような怒りが、ムクムクと湧いてきた。 もちろん、意見を述べたそのひとにたいしてではない。 こうあっては、いけない・・・。 つぎには、弓に対する、忘れているこころ構えへの反省、しっかりした取り組みかたへの自覚であった。 弓を行じる動作のなかで行われる礼(揖)を礼としているであろうか。 礼を動作のひとつとして、消化してしまってはいないだろうか。 礼とは、知ってのとおり、お辞儀である。あいさつである。敬意をつくすことである。感謝をあらわすことである。 それには、こころが、ともなっていなければならない。 こころがこもっていなければ、相手の気持にも通じない。 ここのところが、ポイントである。 弓をひくにあたって、形式だけを追って、大事な礼のこころを、消しとばしてはいないだろうか。 弓道には、儀式の弓として,射礼がある。礼を、しっかとこころに抱いて行う。そうでなければ、たちまち射礼の意義は失われる。 射礼のはじまりは、上長者にむかって、またはひとまえで行われたものだけに、そこには厳然として礼のこころが現れる。 礼記の射義にもあるとおり、− 進退周還必ず礼に中り、内志正しく、外体直くして −と示されているとおりである。 礼射は、射礼(じゃらい)といい、体配(たいはい)ともいう。からだの配りである。 そして伊勢貞丈は体拝(たいはい)といっている。読んで字のごとく、まことに意味ふかいことばである。 はじめてのひとが弓を見て、お辞儀ばかりしている弓道、といった、印象がよほど強かったのであろう。 安沢東宏範士十段(昭和45年没)は、先生の著のなかで、礼の尊重について、「人間として最も肝要なるものは礼である」「礼は大道なり。射は礼を学ぶ学なり。礼なき射は凡射俗射なり」と述べられている。 礼は、形式であってはならない。 礼は、心がなければ生きないのである。 |
| 其の9 (2002.6.10) | |
浄写・高唱のすすめ ![]() 東京都第一地区弓道連盟 学科問題 答案用紙 |
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